第3章 マリアの秘密
長い廊下を進んでいる。
先が見えない、長い長い廊下。
コツコツという鋭い足音と
パタパタという軽い足音が、静かな廊下に響く。

ここは「大理石の廊下」。悪魔城外壁の塔へ続く通路である。
足音の主は、アルカードとマリア。
ひょんなことから同行することになった二人である。

*   *   *
…で、その同行する際の事。 「ねえねえ。」 マリアがアルカードに尋ねる。 「何だ?」 「お兄ちゃんのこと、なんて呼んだらいいかなぁ?」 「…呼び方か。君が考えればいい。…どんな風に呼んでくれるんだ?」 無愛想に答えるアルカード。 「んー、じゃあ… 普通に『アルカードさん』。」 「…『さん』付けで呼ばれるのは好かん。」 「それじゃ、呼び捨てで『アルカード』。」 「君のような子供が人を呼び捨てにするもんじゃない。」 「可愛くして『アルるん』。」 「やめい。」 「『アーちゃん』とか?」 「・・・」 「『アル公』。」 「殴るぞ。」 「…それじゃあ、『お兄ちゃん』でいい?」 アルカードの眉が一瞬だけぴくり、と動いた。 「・・・ふむ。」 「あ、これでいいの?」 「今の中では一番まともな呼び方だな…それでいい。」 アルカードの承諾の返事を聞いて、 マリアは笑みを顔いっぱいに浮かべる。 「エヘヘ。それじゃ行こっか、お兄ちゃん!(はぁと)」 と、アルカードの腕に自分の腕を絡ませるマリア。 「お、おい… あんまりくっつくな。」 「え〜、嬉しくないのぉ?」 「そういうわけではない…。 さあ、もう行くぞ。」 マリアの豊かなムネが押しつけられているから、とは とても言えないアルカードであった。
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「ねえ〜、どれだけ行ったら終わりになるのぉ?」 あまりに長い廊下に飽きたのか、マリアが尋ねてくる。 「さぁ。この世の果てまでつながっていたりするかもな。」 「うう〜、それって笑えないよぉ。」 マリアが口を尖らせる。 「冗談だ。あと10分も歩けば、外壁の塔に着く。」 「10分かぁ… じゃあもう少しだね。頑張るかな。」 気を取りなおしたのか、マリアが先に立って歩き出した。 …が、不意に立ち止まり、アルカードの方を振り向いた。 「ねぇ、お兄ちゃん。さっきから気になってるんだけどぉ。」 「ん?」 「この廊下に入ってからずぅっと誰かに見られてるみたい。  何なんだろ?」 「ほぉ、気づいていたのか。勘が鈍いとわからないものなんだが。」  と、アルカードは窓の外を指差す。 「ほら、そこだ。この廊下の番人、のようなものだな。」 「えっ・・・ きゃああっ!?」 マリアは指差された方を見て驚き、アルカードの背後に隠れた。 そこにいたのは、大きな目玉。それも、ご丁寧に二つ。 目玉だけが宙に浮いていて、アルカードたちを見ていた。 「な…何なのよう。気味悪い…」 マリアは怖がっているのか、アルカードの服の裾を握り締めている。 「心配するな。見てるだけで何もしないやつだ。  放っておけばいい。 …それより。」 「?」 「もう離してくれてもいいんじゃないか?  袖が伸びる。」 「…あ。」 マリアはあわてて裾を離す。その裾がやや伸びてしまっているようだ。 「えへへ。」 (…大した力だ。) アルカードは思った。 「ゴメンネ。袖、伸びちゃったかな。」 「気にするな。」 パタパタと服をはたき、マントを翻すアルカード。 「ま、君にも怖いものがあるってことがわかっただけで、良しとしよう。」 「むぅっ。こ、怖かったんじゃないもん。ちょっと驚いただけだもん!」 またマリアはふくれて見せた。 「同じようなものだ。ほら、少しは落ち着け」 と、アルカードはマリアの頭をくりくりと撫でてやる。 「…子供扱いしないでよぅ。」 マリアは少々ふくれつつも、あんまり悪い気はしていないようだ。 「何言ってる。いくら胸が大きくても、12歳は子供だ。」 「… … … お兄ちゃんのえっち。
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一方その頃。 「うわああああああああ〜っ!!!!」 悪魔城左翼部の「礼拝堂」。 リヒターが階段を転がり落ちていた。 苦労して礼拝堂の最上部付近まで到達していたのに、 何を思ったか「地獄の鉄球」を壊そうとして失敗してしまい ダメージを食らってしまったのだ。 そこで足を踏み外してしまったのが運の尽き。 なすすべも無く、下へ下へと 落ちて行くリヒターだった… 「こんなのは オレの キャラじゃ ないぃぃ…
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場面は大理石の廊下に戻る。 「ふぅ。やっと着いたね、お兄ちゃん。」 「そうだな。…疲れたか?」 「ううん。マリア、平気だよっ。」 明るく笑って見せるマリア。 その笑顔を見て、アルカードの顔が思わずほころぶ。 「何がおかしいの? お兄ちゃん。」 「いや、別に。」 「ふーん… まぁいいや。 次はこっちの扉?」 と、マリアは近くにあった扉のうち、 片方を開けて中に入っていった。 「あっ!? マリア!! そこに行ってはダメだ!!」 時すでに遅し。マリアの入っていった扉は閉ざされた。 『えっ、こっちじゃないのぉ!? …開かないよぉ!!』 ドンドンと向こう側から扉をたたくマリア。 どうやらこの扉は、アルカードのいる側からしか開かないようだ。 「いかん、やはりこの扉は…! 行くしかないのか」 意を決したアルカード。 「マリア! 聞こえるか! 今からそちらへ行く、  扉から離れていろ!」 扉をたたく音が止まった。マリアが扉から離れたようだ。 それを確認すると、アルカードは肩から扉に突っ込んだ!    ガッシャーーン!! 「ぐぅっ!?」 扉の向こう側に倒れこむアルカード。 そのすぐ後に、入ってきた扉が閉じられてしまった。 …これで二人ともさっきの場所には戻れなくなってしまった。 「無事か… マリア。」 「う、うん… あたしは大丈夫。それより、お兄ちゃんの方が…」 マリアはアルカードの肩のあたりをさすっている。 「なに、このくらい大した事はない。しかし…」 アルカードは、閉じられた扉の方を見やっている。 「たしか、この先の通路は遠回りになるんだ。…仕方ないな。」 「…ごめんなさい。」 シュンとなるマリア。 「まぁこれに懲りたら、不用意に扉は開けないことだ。な?」 また、マリアの頭をくりくりとなでてやるアルカード。 「…また子供扱いしてるぅ。」 そう言いながらも、やはり悪い気はしていないようなマリア。 「フフッ… さぁ、気を取り直して行くか。  この先にはちょっと厄介なヤツがいるからな。油断するなよ。」 「はぁい。…って、厄介なヤツぅ!? 何それ!?」 「行けば解る。本当に、気を抜くなよ。」 アルカードが真剣な眼差しでマリアを見る。 「…うん。」 マリアは、ただうなずくしかなかった。
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一方その頃のリヒター。 なんとか礼拝堂の最上部に再び辿り着くも、 体力がゼロになる寸前になってしまっていたので 最下部の体力回復ルームへと戻っているところだった。 「クソッ… 今度こそ『地獄の鉄球』を壊してやる…」 懲りていないようである。
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さて、アルカードたちは 大きな鏡のある部屋へと辿り着いていた。 だが、その部屋に入ると同時に入り口と出口の扉が固く閉ざされた! 「なになに!? 閉じ込められちゃったよぉ!!」 「さっき言っただろう。厄介なヤツがいるって…!」 アルカードは剣を抜いた。 「来るぞ…!」 マリアも身構える。 次の瞬間、その部屋の鏡が激しく光り始めた! 「クッ…!」 「キャアッ…!?」 目を開けていられないくらいの光のほとばしり。 その光が納まり、二人が再び目を開いた時… そこには、思わず我が目を疑ってしまうようなものがいた。 「あれは… お兄ちゃん!? それに…」 「マリア、の偽者。『ドッペルゲンガー』ってやつだ。」 鏡に映し出されたような、二人の姿そっくりの魔物… ドッペルゲンガーが現れた! 「ど、どうするの!? お兄ちゃん!!」 「偽者かどうかがわかるのは、その本人だけだ。  マリア、君は自分の偽者と戦え。オレはオレの偽者と戦う。いいな!」 「う…うん、わかった。やれるだけやってみる!」 「いい返事だ。…負けるなよ!」 そう言うと、アルカードは自らの偽者に挑みかかった! ……………………… 数回の鍔迫り合い、激しい剣の打ち込み合い、 そして勝敗は決した。 剣に体を貫かれたのは、ドッペルゲンガーの方だった。 「グッ… コンナ… ハズハ… ナイ…!?」 「所詮貴様は偽者、ましてや、レベルが低すぎる。  かなうわけがなかろう。」 アルカードは剣をひねって抜き払った。 ドッペルゲンガーは、体に空いた穴から崩れ落ちていった…。 (! マリア!?) 己の身の危険が去った後、アルカードはマリアの事を思い出した。 (無事なのか?) 辺りを見まわすアルカード。 …いた。 ………………… その光景に、アルカードは思わず目を見張った。 (何を使って闘っているんだ!?) そこにいる2人のマリアは、互いに手から何かを放って攻撃していた。 …どちらが偽者なのかはまだ解らない。 が、一方は防戦一方で、もう一方は攻めにまわっている。 何度かのぶつかり合いが生じて、2人は距離を置いて対峙する。 そして先に動いたのは、先ほど防戦一方だったマリア…! 「ウィンディ! ウェンディ!」 声と共に、白い小鳥がマリアの右手・左手から放たれる! 『キャアッ!?』 もう一人のマリアにその小鳥が命中すると、 そのマリアは弾かれたように数メートル後ずさる。 命中した小鳥は、ブーメランのようにマリアのもとに戻った。 「もう1回!」 飛び込み前転で近づき、今度は至近距離から小鳥を放つ! 「ウェンディ!!」 カッ・・・! 大きな白い光が2人のマリアの間から生じ、 それを受けたマリアが、そして放ったマリアも その場から数メートル弾かれたように吹っ飛んだ! 「マリアっ!!!」 あまりに派手な吹っ飛び方に、驚き叫ぶアルカード。 しかし、2人のマリアは空中で体勢を直し、 着地と同時にお互いの居る方へダッシュで突っ込んだ! 「たあああああああああああ!!!」 『えええええええええええい!!!』 …………ゴン!!!!!! お互いに頭突きをかましたかったのだろう、 2人の頭がぶつかり合った!! 「〜☆□▽●×▲!!?」 『□★※○▲*◎!?!』 さっきよりも派手な音がして、 2人のマリアはその場に大の字になって倒れた。 「マリアっ!!!」 アルカードは急いで駆け寄った。 …近づいてみると、2人とも目を回している。 「おいっ、しっかりしろ!!」 まだどちらが本物かはわからないが、 アルカードは1人づつ揺り動かしてみた。 「『んっ… んん〜〜??」』 2人のマリアは同時に目を覚ました。 「…大丈夫か? マリア。」 「『ん〜、うん。何とか…。」』 2人同時に同じ言葉をしゃべっているので、 まるでステレオ音声のようだ。 「水掛け論だろうが、一応聞こう。  …ホンモノはどっちだ?」 「『は〜い!!!」』 2人同時に手を挙げた。 (やっぱり) 「あ〜、わたしのマネしないでよお!」 『そっちこそ、わたしのマネなんかしないで!』 言い合いを始める2人。 アルカードはその様子を見ながら、改めて違いを探す。 (・・・・・・) 『いいかげんにニセモノだって白状しなさい!!』 「なんでホンモノがニセモノに白状しなきゃならないのよっ!!」 (・・・・・・) 「こうなったら、もう一度やる!?」 一方のマリアが、 片手から先ほど攻撃に使っていた白い小鳥を取り出す。 『望むところよ!』 もう一方のマリアも、同じように手から小鳥を出した…! その時!! 「待て!!」 アルカードが2人を制止した。 「ようやく見分ける方法を思いついた。  2人とも、そこに並ぶんだ…!」 「『う、うん…。」』 アルカードの言葉に何かの圧力を感じ、2人は素直に並んだ。 それを見てアルカードは2人に近づいた。 「まったく、ドッペルゲンガーごときに  手玉に取られるとはな。まだまだマリアは『子供』って事だな。  ハッハッハッ…!!」 と、2人の頭に手をのせてくりくりとなでてやる。 「いいかげんに、子供扱いはやめてよぉ…!」 先に答えた一方のマリアは、少々ふくれながらも悪い気はしていないようだ。 『お兄ちゃん… どうしたの? 恥ずかしいよぉ(はぁと)。』 もう一方のマリアは、顔を真っ赤にして照れている。 「…よし。」 アルカードは、2人の頭から手を離した。 その一瞬後! アルカードは、先に答えた方のマリアを片腕に抱えると、 もう一方のマリアを蹴り飛ばした!! 『ガアアアァッ!!?』 さっきまで話していた声とはまるで違う低い声で、 蹴られたマリアは叫んだ…! 「やはりな。消えろ、偽者!!」 ドッペルゲンガーのマリアが体勢を立て直そうとしたところに、 アルカードは持っていた剣を突き刺さるように投げつけた!      シャッ!  ザンッ!!! 『アアアアアッ・・!!! ナゼダ… ナゼワカッタンダァ…!?』 「貴様が知る必要はない… そのまま朽ちていくがいい。」 ドッペルゲンガーは、音も無く崩れ去っていった…。
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「お兄ちゃん…! わたしがホンモノだって、解ってくれたんだぁ!」 「ああ。頭を撫でて、ああいう反応をするのは  本物だけだと思ったからな。」 悪戯っぽい目でマリアを見るアルカード。 「…なんか引っかかるけど、まあいいや。  ありがとっ、お兄ちゃん!!」 満面の笑顔で、マリアはアルカードに抱きついた。 「おいおい… はしゃぐのもそれくらいにしろ…よっ、と。」 アルカードは、じゃれついてくるマリアの体をつかむと そっと床に降ろした。 「ところで、ケガはないか? マリア。」 「えっ…? うーんと…」 マリアは自分の身体をあちこち触って確かめる。 「…ちょっと腕にかすり傷があるだけみたい。  他は大丈夫だよ。」 「腕? ちょっと見せてみろ。」 アルカードはマリアの右腕をそっと手にとった。 マリアの言う通り、ちょっと血のにじみ出ている箇所がある。 「いかんな、すぐ手当てしないと。」 「だ、大丈夫だよ〜。こんなの、ツバつけとけば治るよぉ。」 「女の子が何を言ってる。…ちょっと待て。」 アルカードは懐から薬ビンのようなものを取り出し、 マリアに手渡した。 「…なあに? これ。」 「回復ポーションだ、傷口に塗れ。」 「う…うん。」 マリアが傷口にポーションを塗りこむと たちどころに傷は消えた。 「ふわ…! スッゴイ効き目だね、これっ…!」 「2000Gもするんだ、当然だな。」 「じゃあこれって『ハイポーション』!?   いいの? 使っちゃって。」 「構わん。 …? なぜ君が、それをハイポーションだと知ってる?」 マリアの表情が、ごくわずかだが曇った。 「えっ!? えーと、その…」 何故か口篭もるマリア。 何か知っているようだが、言いたくはないようだ。 「…まぁいい。まだ中身は残ってるな?  持っておくといい。」 「…うん、ありがと。」 マリアは薬ビンを胸元にしまいこんだ。 「ところでマリア…聞きたい事がある。」 「なあに?」 「今、戦っている時… 一体何を使っていたんだ?  小さな鳥を使っていたように見えたが…」 「あっ、あれね。…これのことでしょ。」 マリアは自分の懐に手を差し入れ、 何かを取り出した。 「これは… 小鳥の人形??」 マリアが差し出した手の平の上には 白い小さな小鳥の人形が2体、載っていた。 「うん。『ウィンディ』と『ウェンディ』、っていうんだよ。  これをこうすると…」 マリアは1つの人形を手に取り、軽く握り締めたあと手を開いた。 すると、人形が白く輝き始め、何かの力を放ち出した。 「…さっきの攻撃の時のヤツだな。」 「普段はただの人形だけど、  わたしの『破邪の力』を込めると動き出すの。  悪いヤツらをやっつけてくれるんだよ(^^)  …ほらっ!」 2羽の小鳥たちはパタパタと羽ばたき始め、二人の周りを 飛びまわり始めた。 小鳥たちはアルカードには敵意を向けてこない。 敵として認識はしていないようだ。 「たいした『力』だ。  だてにバンパイアハンターを名乗っているわけではない、  ということか…。」 「エヘヘッ、スゴイっしょ〜」 マリアは得意げにムネを、いや胸を張ってみせた。 「あと他にも4人、お友達がいるんだよ。」 「ほぉ。」 「『げんちゃん』と『びゃーちゃん』と『すーちゃん』…  それに『せいちゃん』!」 と、さっきと同じような人形を一つ一つ並べながら マリアはそれぞれの名前を紹介していく。 「…東洋の四聖獣か。こいつらも同時に操れるのか?」 「ううん、この子達とは、まだ一緒には闘えないの。  もっとたくさんの力がないと…」 「なるほど。これだけまとめて動かすとなると、  かなりの力が必要だろうからな。」 「うん。  それに…この体じゃ、大きな力は使えないから。」 最後の言葉は、つぶやくように言った。 「今、何と言ったんだ?」  アルカードにはかろうじて聞こえたが、あえて尋ねてみた。 「ん…なんでもない。 なんでもないよ。」 「・・・」 「さ、さあ。もう行こうよ、お兄ちゃん!  蔵書庫って、まだこの先なんでしょ?  急がなきゃ!」 と、マリアはアルカードの手を引く。 「あ、ああ。この先の塔を少し登らなきゃならないからな。  …少し急ぐか。」 「うん!!」
*   *   *
マリアと共に先へと進むアルカード。 しかし、何かを隠しているようなマリアの言動。 マリアはいったい、何をその胸の内に秘めているのか。 答えは、悪魔城を照らす月のみが知っているのだろうか…   はたまた、今回は活躍できなかったリヒターが そのカギを握っているのか…(←たぶん違う)


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